クロロプロファム ― つじつま合わせの安全基準

 「よその国のことを知らないと自分の国のことも分からない」という諺が欧米にはある。物事の真価は比較を通じて明らかになることを指摘する金言である。このクロロプロファムにまつわる話題については、消費者にとっても生産者にとってもまさしくこの諺がぴったりと当てはまる。自分たちの置かれている立場を正しく認識するには、海外の動きに注意を払う必要があるのだ。

 この日本では使用されていないジャガイモの発芽防止剤クロロプロファムは、数々の物議を引き起こしてきたイワクつきの薬品である。そして今、欧米で最も問題視されている農薬の一つである。

 クロロプロファムという薬品は、ジャガイモの生産が盛んなほとんどの欧米諸国で使用されている合成化合物である。その使用方法は、収穫の終わったジャガイモを倉庫に貯蔵した後に、サーマルフォグ(加熱噴霧)によってジャガイモの塊茎に直接吹き付けるというものである。ジャガイモはこの薬品を表皮から直接吸収し、その結果ジャガイモの芽の細胞分裂が阻害されて発芽しなくなるというものである。

 この薬品は特に欧米のジャガイモ加工品での使用頻度が高い。その理由は、ポテトチップスや冷凍フレンチフライドポテトの色上がりに関係している。ジャガイモは普通3℃くらいの低温で貯蔵すると3年たっても芽が出ない。従って、ジャガイモを長く保存するには低い温度で貯蔵するのが最も有効な方法である。ところが、低い温度でジャガイモを貯蔵すると酵素の働きで澱粉が糖に変化していく。年を越した北海道産ジャガイモが甘いのは、貯蔵が進んで澱粉から変化した糖がジャガイモに蓄積した結果である。

 さて、この糖が蓄積した甘いジャガイモを油で揚げると非常に汚い色に仕上がる。ジャガイモの中の糖とアミノ酸が高い温度によってメイラード反応と呼ばれる化学変化を起こして、暗褐色の物質が生成されるからである。これはポテトチップスやフレンチフライドポテトの外観品質を著しく損ねる。そこでジャガイモ加工会社はできるだけ糖が蓄積しにくい貯蔵方法を採用している。それは高い温度で貯蔵することである。9℃くらいの高い温度でジャガイモを貯蔵すると澱粉の糖への変化は非常に遅くなり、長い期間色上がりの美しいジャガイモ加工品の製造に適した状態に保つことができる。ところが、一つ問題がある。それは、5℃以上の温度でジャガイモを貯蔵すると芽が伸びるということである。ジャガイモの芽が伸び始めると塊茎は芽にエネルギーを取られてしぼみ始め、みるみる重量が減っていく。伸びた芽も製品にはならないので原料の損失が非常に大きくなり、経済的に見合わなくなる。そこで、欧米ではこのクロロプロファムなどの薬品を使用してジャガイモの芽が伸びない状態にして高い温度で貯蔵を続け、秋に収穫したジャガイモを一年中使用できる状態に保っている。一方、日本ではこの発芽防止剤が使えないので、日本の加工会社が努力しても秋に収穫した原料が使用できるのはせいぜい5月くらいまでである。このことは日本のジャガイモ加工会社にとっては大きなハンデである。

 ところで、このクロロプロファムは現在欧米で大きな問題になっている。それは、欧米人が普通に食品から摂取する農薬のうち最も量が多いものの一つがこの薬品であるからだ。この動きに呼応して、欧州委員会はこの薬品の残留基準値を50ppmから10ppmに引き下げた。米国でも1990年代の後半に政府が50ppmの残留基準値を30ppmに引き下げるよう提言している。さらに、ヨーロッパのスーパーマーケットはレジデュー・フリー(農薬残留量ゼロ)のジャガイモ納入を生産者に強く求めており、その最大の標的となっているのがこのクロロプロファムなのだ。

 スーパーマーケットや消費者からの要請に基づき、ジャガイモ業界側は低い濃度で発芽を防止する方法の開発やクロロプロファム以外でジャガイモを貯蔵する方法の開発にしのぎを削っている。いずれこの薬品が使用を取り消される時代が来るとの観測もあながちはずれてはいないようだ。

 日本ではクロロプロファムはもともと除草剤として登録されている農薬であり、その昔、残留基準値は0.05ppmであった。現在の残留基準値は50ppmである。1995年に突然残留基準値が1000倍に引き上げられたが、そこに至るまでには以下のような経緯があった。

 1980年代後半から1990年代の前半にかけて、東京都の衛生研究所が米国から輸入されたフレンチフライドポテトなどのジャガイモ加工品にこのクロロプロファムが残留基準値を大幅に超える濃度で検出されたと発表すると、米国ポテト協会が「米国で長い期間使用されて安全性が立証されてきたこのクロロプロファムが何故日本では悪いのか」という開き直った反論をデカデカと新聞で宣伝するというおかしな事態が毎年繰り返されていた。後年、中国から輸入された野菜に農薬の残留違反が見つかると、輸入禁止や廃棄命令などを次々と出した厚生省も、当時のアメリカに対しては法律に基づいた手立てを講じることができなかった。急速に進む輸入食品に対して、安全性確保という視点をおろそかにしていた感度の鈍いお役所の後手後手の対応が露呈した事件であった。ほとほと困り果てた厚生省は、1995年WTO協定の「衛生植物検疫の措置に関する協定」(SPS協定)を受け入れるという形で、それまでの0.05ppmであった残留基準値を1000倍の50ppmに引き上げるとという暴挙に出た。法律上のつじつまあわせをして、早くこの問題を決着させたかったのだ。

 ところがである、今その本家本元の欧米においてクロロプロファムの残留基準値が見直されているのである。EUではすでに5分の1の10ppm、米国でも5分の3の30ppmに進む方向だ。現在、EUや北米の農家はどうやって低い濃度のクロロプロファムで発芽を防止するかに躍起になっている。ところが日本では、クロロプロファムの残留基準を見直す動きは全くない。このままでは日本は欧米で残留基準を守れなかったジャガイモ製品のゴミ捨て場になる可能性がある。日本の健康行政がいかにいいかげんなものかを物語る事例である。

 消費者の皆さん、生産者の皆さん、日本のジャガイモは欧米の消費者やスーパーマーケットが問題視している発芽防止剤を一切使っていない、世界で最も消費者の信頼に耐えるジャガイモなのです。また、日本のジャガイモを使用している加工業者さんは世界で最も消費者にやさしい加工品を製造しているのです。よもや輸入ジャガイモ製品に手をつけたりしませんよね? 欧米の消費者が問題にしているものを日本の消費者が喜んで手にするなどということはありませんよね?

 最後に、1992年7月23日に米国のコーネル・クロニクルという新聞に掲載された記事を簡単に要約して、皆様の参考としたい。

 「コーネル大学の新たな研究によると、穏やかな毒性のある発芽防止剤クロロプロファムがジャガイモの皮には相当量残留しており、ジャガイモの皮は有害である可能性を示す証拠が提示された。研究によると、ジャガイモの皮にはジャガイモの果肉部分の20倍ものクロロプロファムが含まれていることが確認された。これは生であろうと加熱してあるものであろうと結果に違いがなかったという。ジャガイモの皮には米国食品医薬品局(USDA)が定めている残留基準値50ppm/gの4倍にも相当するクロロプロファムが含まれていた。果肉で最も高い残留量が検出されたのは皮をむかずに煮たジャガイモにおいてであり、これは明らかに皮の部分の農薬が果肉に移動したせいであるとしている。皮をむいたジャガイモにおいてはこのような問題はほとんど取り除かれるとしているが、皮付きのまま調理されるジャガイモにおいては、農薬はそのまま皮に残っていることになる。」

 読者の皆様にはお分かりであろう。ポストハーベスト農薬としてジャガイモに直接噴霧されるクロロプロファムの残留量がジャガイモの皮に多いのは当然である。そして、残留基準値の観点から言っても、部分的にはそれよりもはるかに高い濃度のクロロプロファムがジャガイモの表皮に蓄積しているのである。ジャガイモを皮付きのまま消費する習慣の多い欧米の消費者がクロロプロファムに敏感になるのは当然の話である。むしろそういった背景を知らない日本の消費者が最も鈍感であると言える。日本のジャガイモにおいては、このようなことは一切ないわけで、欧米の消費者こそ日本のジャガイモを喜んで食べるのではないかと本誌は考えている。

 

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