液体の植物油に水素添加して固形化する技術は油脂産業界ではコア技術の一つであるかもしれない。そのような工程を経て製造された油脂類は、高価なバターに代わるマーガリンやショートニングといった固形油脂として、食品のコストダウンや油脂の安定化という点で大きな貢献を果たしてきた。しかし、近年の健康への影響についての研究が、それに大きな疑問を投げかけている。水素添加した油脂にはトランス脂肪酸と呼ばれる油脂の一種が含まれており、これは飽和脂肪酸よりさらに健康に良くないというのだ。水素添加は産業界にあまりに浸透した技術であるため、その衝撃は計り知れないものがある。しかし、食品が健康増進の使命を当然のものとしている以上、これは避けて通ることの出来ない問題だ。産業界の冷静な対応と、消費者への啓蒙が重要と思われる。
WHO(世界保健機構)は2003年に公表した心疾患防止のための資料において、その防止対策の第一番目に、飽和油脂やトランス脂肪酸の代わりに水素無添加の不飽和油脂の摂取使用を進めている。その資料では心疾患の発生が今後開発途上国で大きな問題になることを指摘しており、従来から脂肪の摂取が健康上の大きな問題であった先進国だけに向けて提案している内容ではない。
イギリスのFSA(食品基準庁)ではそのホームページで、トランス脂肪酸が血液中のコレステロールを上昇させ、冠状動脈性心疾患の危険性を高めるとして、やはり摂取の低減をすすめている。同国では、水素添加した油脂を使用している場合には表示する義務があり、水素添加した油脂を使用した食品にはトランス脂肪酸が入っているものとして判断することを進めている。
2003年7月、米国のFDAはトランス脂肪酸の摂取量減少が心臓病リスクの低下に有効であるとして、一般食品およびサプリメントにトランス脂肪酸の含有量の表示を義務化することを決定、食品業者は2006年1月1日までに表示することになった。
日本では栄養成分を表示する基準はあるが、すべての食品に栄養表示が義務化されているわけではない。米国ではトランス脂肪酸以外に飽和脂肪酸やコレステロールの表示が義務化されているが、日本では通常表示されていない。
日本マーガリン工業界は2004年6月、そのホームページ上(www.j-margarine.com)に“「トランス脂肪酸」について”という声明文を掲載して、以下のような釈明をしている。日本での平均トランス脂肪酸摂取量がエネルギー比で0.7%(1.56g)であり、影響が少ないとされる2%の水準よりもかなり摂取量が少ないので、普通の食生活においてトランス脂肪酸の摂取過剰によるリスクを心配する必要は全くない。また、同時に摂取すればトランス脂肪酸の悪影響を低減するといわれるリノール酸が7倍(10.85g)も多く摂取されており、リスクをさらに低下させているという。
健康について言えることは、いろいろな要素が複雑に影響していて、どれか一つの影響因子に左右されると判断されるケースは少ないという事実だ。当然のことながら健康管理は個人個人にゆだねられたものでもある。タバコのように害が科学的に証明されているものでも、販売が禁止されるわけではない。
したがって、ここで最も重要なことは、正確な情報を消費者に提示して、自らの責任において判断できるようにすることであると考える。
米国では不可欠な食品の一つであるフレンチフライドポテトにトランス脂肪酸フリーの油を使用していることを標榜するレストランチェーン店が現れた。ドイツでは早くから水素添加した油脂を使用したマーガリンの製造を認めていない。
様々な情報を前にして、それへの対応もまた様々である。しかし、産業にとってお客様が第一の視点であることをいつも念頭に置いていかなければ、客の足がいつしか遠のいてしまうのが当然の結末である。今後の世界的な動向を含めて、注視し続ける必要のある課題であるには違いないのだ。